その他・雑記

今後の人生をどう生きるか?

今後の人生 -いじめのトラウマ・自殺願望を越えて-

 

 

今回は私の今後の人生について考えている事を書いてみます。

 

いじめと私の原点

 

 

私はほとんど教育を受けていません。

小学生の頃にいじめを受け、学校が怖くなり、登校拒否児になりました。

 

いじめられる前は普通の子供だったと思います。

成績は良い方で友達もそれなりにいました。

しかし、地域の中で突然いじめられるようになりました。

私がいじめの対象になった理由は全く分かりません。

 

当時は人が近くにいる事がとても嫌で一人で外に出かけて自然の中を歩くのが好きでした

 

私が育った地域である日野町佐久良では、夜に子供だけで集まって百人一首を行う行事がありました。

1年間に数ヶ月の期間、毎日地域の子供だけが集まって週に五回程度百人一首をしていました。

その子供だけの集まりの中で殴る蹴るの暴力を一方的に受け続けるようになりました。

友達だった人間たちも全員が積極的に私をいじめる側に付き、暴行に加わったり、馬鹿にしたり、私を無視するようになりました。しかもそれをとても楽しんでいるように感じました。友達と思っていた人達全員が私に対して憎悪をむき出して敵対するようになりました。

何故私がここまで憎悪の対象になるのか??全く意味が分からなかったですが、もの凄くショックでした。それが執拗に何か月もずーと続きました。

私は誰も味方がおらず、多勢に無勢で暴行されるがままという感じでした。

多数対一人で一方的に暴行され続ける事で圧倒的な無力感を感じていました。何をやっても無意味という気になり無気力になり、内出血するくらい暴行されてもただ私はヘラヘラと笑っていました。

親や教師など誰にも相談しませんでした。親や教師に助けを乞うのは甘えであってすごく恥ずかしい事と思っていました。それに元々、親や教師が助けてくれるようには思えませんでした。しかも多勢に無勢ですから、親や教師がただ一人の私を助ける為に私以外の全員と戦うわけがないと思っていました。だからずっとイジメられるがままで過ごしていました。

 

この体験が私の個性の原点といえます。それまでは普通の子供でした。

 

トラウマと自殺願望

 

 

それ以降は私は学校でも他の場所でも全く言葉を発しなくなりました。

人の顔を見る事も避け、学校にいる間は基本的に頭を伏せて机の上を見て過ごすようになりました。

私をいじめていた連中は優等生として教師に認められて学校でも友人と楽しく会話をしています。

そんな学校に通うのも嫌になり、中学生からは不登校になりました。

そして、ひきこもりとなり、自殺する事を考えていました。

 

自殺は自然の中で行おうと決めていました。

 

自殺は試みましたが、死ぬ覚悟が十分に出来ていなかったようで、結局は中断して死にませんでした。

長期間ひきこもりながら社会復帰するか自殺を遂げるかという事で悩んだ挙句、社会復帰を選びました。

幼い頃に拒否した社会にもう一度戻る事はとても辛い事でしたが、当時の私にはそれしか生きる道は無いようでしたので、社会復帰しました。

自殺願望が強い時には精神科に強制入院してました。その時に自閉症スペクトラムと診断されましたが、条件のいい障害者求人などは当時見つからず、一般の枠で仕事を見つけました。

もともと、精神的に人に依存する気持ちがなかったので、一人暮らしは直ぐ出来ました。

職場の人間関係だけがとても嫌でどの仕事も長続せず、コロコロと変わりますが、仕事自体は普通に出来ました。

 

でも、やはり社会に完全には順応しない

 

 

私をいじめていた連中はその後、高校、大学に進学し、就職し、結婚して子供を作り家族を持っています。

銀行員や公務員などの仕事に就き社会の中で一定以上の地位のある立場で活躍しているようです。

 

これが何を示しているのかというと、結局のところ、いじめる側の人間がこの社会に適しているという事なんだと思います。

これは単に私の経験上の感覚でなく、実質的にそうだと思います。いじめられている人を助けると自分が損をします。

理不尽に叩かれている人が居れば、叩く側に回り、更に叩く事を楽しめる人達が最もこの集団主義社会に適しています。叩かれている人を助けようとすると自分が叩かれ、少数派となって損をするだけです。

 

私はこの社会に深く適応していく事は諦めて、表面的な適応のみに留めて、

本当の意味で自分が生きる道としては、この社会とは別に独自に開拓して行こうと考えています。

 

いわゆる社会のレールではなく、自分独自が開拓する道の上にのみ希望を見出しています。

 

 

自力で自分の道を開拓していく!

 

 

私は小さい頃のいじめ体験によって人を信用しなくなりましたが、これは呪いのようでいて、ある意味では恩恵と考えています。

 

例えば私は人を信用しないですのでカウンセラーや教師や親など他人に何かを相談するという発想が全くありません。

そもそも他人が自分の為に自分の人生の事を真剣に考えてくれて、回答まで与えてくれるという発想が根本的に間違っているように私には思えます。

親や教師やカウンセラーや宗教家や著名人などを信じて人生相談などをする人は沢山いますが、いずれ期待外れや裏切りに出会う事になるのではないでしょうか?

 

目的地への道順を聞くだとか、そういう表面的な意味での相談・質問を他人に行う事は有効だと思います。

しかし、人生相談などの「将来どうすればいいか?」といった類の事はやはり自分で考え、答えを出し、行動するしかないと思います。

自分の人生ですから、自分自身が一番良くわかっているはずです。自分の今後の人生は自分自身でやりたい事を定めて、それに向かって自分自身で考えて、自己責任で行動すればいいのだと思います。

人に頼らず、自力で独自の道を切り開くしか希望がないという答えに到達できた事は、人生の早い段階でイジメられて集団から徹底的に攻撃され、排除され、追い込まれたおかげだと思っています。そういう意味では良かったと思います。

 

ただ、自分で行動を起こすようになったのは、ずっと後になってからでした。長期引きこもりで多くの時間を無駄にしてしまいました。これはとても後悔しています。

 

 

海外一人旅。これが独自の道を歩む原点となりました。

 

自分独自の道の上には希望に満ちた世界しか見えない

 

 

この社会は嫌いだけれど、結局この社会は変わらない。この社会には絶望しかない。

だから社会でお金を稼ぐためには心を殺していくしかない。

しかし、お金を稼ぐ以外の時間を使って自分の道を自分で追及していく。

という生き方を私はしています。

 

私の自分の道とは、私の場合はこの社会の外側とのコネクションを作っていく事です。

海外を一人で放浪して、色んな新しいものに出会い、学ぶ。

そして外国人の友人を様々な場所に作る。

彼らを今度は日本に招いて更に親交を深める。

という事を行っています。

これを続ける事で自分の世界がどんどん広がっていく感じがしています。

 

外国の友人達

 

日本に招いて一緒に旅行

 

海外は小さい頃から憧れがありました。

いじめられていた頃、この日本社会はとても窮屈で居場所もなく、煉獄のような場所に思えました。でも海外には全然違う社会があり、そこに救いがあるように感じていました。

でも、お金もなく、ひきこもっており、ただ憧れているだけでした。

10代から留学などで海外渡航している人を見ると本当に羨ましいです。

 

私は30代からようやく海外に出るようになりましたが、本当に海外は素晴らしいです。

 

モスクワのバイキングの祭典

訓練キャンプでバイキングとして訓練を受けました(笑

 

もちろん一人で海外に行くのは色んな危険があり、ある意味覚悟が必要です。コストもかかりますが、それを超えてとても大きな実りがあると感じています。

 

北ドイツの地方都市レンズブルグ

ロシアの地方都市カザンの夜

オランダの首都アムステルダムの朝

 

私はブログやツイッターで書ききれないほど海外でいろいろな素晴らしい体験をしました。

正直、大袈裟でも何でもなく、もう死んだとしても悔いがないとさえ思います。

 

しかし、自殺するつもりはもう無く、生きている限り、この独自の道を更に進んでいきます。

 

今後も一人で勝手に海外を旅して色んな新しい事を学び、異国で新たな人間関係を作っていきます。

この独自の道が大きな喜びをもたらしてくれています。

 

サンクトペテルブルグのエルミタージュ

 

私の今後の課題

 

 

私は小さい頃に人生を諦めて学業を放棄し長期間ひきこもって、死ぬ事を考えてとても多くの時間を無駄にしてしまいました。

しかし、何かを勉強・学習する事に関しては生きている限りは再チャレンジが可能だと思います。

今はネットを使って様々な分野の知識を獲得する事が出来ますので、学校は関係なく独自に学んでいく事も可能だと思います。

 

例えば仕事をしていてもゲームを一月に100時間くらいプレイする人は沢山居ます。

あるいはネットの動画や、映画やテレビや漫画やアニメなどの娯楽作品を毎日3時間以上消費する人などもいます。

1年で1000時間くらいを無駄とは言わないけど、そのようなあまり意味のないような事に消費している人が沢山います。私もとても多くの時間を無駄にしてきました。

1000時間もあれば、とても多くの事が出来ます。

例えば、1000時間かけて知らない言語を勉強すれば、その言語の基礎的な会話が出来るようになります。

あるいは、プログラミングや資格の勉強など、そういったものに時間を注ぎ込めば相当の学習が出来ます。

もしくは、人とのコネクションを築き上げる事に費やせば、もっと仲間や友人を作れます。

 

私の場合は英会話能力を更に磨き上げる事に費やし、英語の次はロシア語を学ぶ事に費やしたい。

有意義な時間の使い方を分かっているのについ、暇な時間にネットで動画をみたり、ダラダラと過ごしてしまう場合があります。

 

いかに時間を無駄にせずに生きていくかという事が今の私の大きな課題です。

 

 

POSTED COMMENT

  1. yukemuri より:

    はじめまして、横浜在住のyukemuriと申します
    海外旅行でドイツに行き、SNSのご友人と実際に会われるブログを拝見いたしました
    今後、じっくり他の旅行記も読ませていただきますね

    人生に無駄な時間は確かに多いです
    その無駄な時間を有効に使えば、英会話が上達したり、様々な知識が身につける事ができるでしょう

    しかし、人生には無駄な時間も必要だと思いますよ
    無駄と思える時間も何かしら意味が合ったり、のんびり体を休めるのもよし、何も考えずぼーっと凄すのもよし、
    ネットでどなたかの旅ブログを見るのも良いですし、またそれが次の旅の参考になる場合もあるでしょう
    なんか生意気な事を言ってゴメンナサイね
    自分も海外旅行が好きなので、貴ブログを読ませて頂きますね
    ではまた

    • 山添博之 Hiroshi yamazoe より:

      yukemuri様

      コメントありがとうございます!記事も読んで頂いてありがとうございました。

      そうですね。何が無駄か無駄でないかはどういう結果を求めるかによって変わってきますよね。
      また、現時点では無駄と思えてもそれが未来に何かの結果に繋がるかもしれません。

      他の人の海外旅行ブログやSNSは旅行計画を立てる際などにとても参考になるので良く拝読しています。
      当ブログにも有用な情報を掲載できるように頑張っていきます!

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