その他・雑記

さよなら精神医療

私と精神医療

 

 

※この記事は私の経験に基づいた個人的な精神医療に対する感想です。人によって精神医療の効果は違いがあると思いますので、人々が精神医療を受ける事を一概に否定するものではありません。

 

 

今回は私の精神医療の経験と、精神医療に対する思いなどを書いてみます。

 

 

精神科を受診したきっかけ 重度の対人恐怖

 

 

 

まず、私が精神科を受診したきっかけを書きます。

 

 

私は他の記事などでも書いている通り、小学生の頃にイジメを受け、不登校になり、引きこもりになりました。

 

その後、「自殺するか?生きるか?」という事を引きこもりながら約10年悩んだ挙句、生きる事にしました。

 

 

そして、社会復帰を目指す事になるが、対人恐怖症が強く人と関わる事が出来ないので、精神科に通う必要があると思い、自発的に精神科を受診する事に。

 

それが精神科を受診したきっかけでした。

 

 

当時の対人恐怖はとても強いものでした。それはイジメや親からの虐待のトラウマから来るものでした。

そして、長期間の引きこもり生活。

 

誰とも会話せずに一人で部屋で過ごす事が私の日常だったので、人と会話をする事は異常事態でした。

 

 

長期間、重度の引きこもり状態で過ごしてました・・

 

 

なので、私は重度の対人恐怖症でした。人と会話する事すら殆ど出来ず、基本的にはうなずくか、首を振るかでしか意思表示が出来ない状態でした。

 

その様な状態で就労する事は不可能だと思い、精神科を受診しました。

 

そして精神科病院で診察を受け精神科医と無理してあいさつ程度の会話を1-2分程度こなした後、複数種類の向精神薬が処方されました。

 

 

精神科の薬

 

 

 

処方された薬は長期作用型のベンゾジアゼピン系の薬とその他の薬が数種類。

 

それを飲んでいると確かに気分が安定します。不安や恐怖が静まるのです。夜もぐっすり眠れるようになります。

 

それだけではなく、安らかで気持ち良い気分にすらなります。

 

しかし、それが悪夢の始まりでした。

 

 

処方される続ける大量の向精神薬・・

 

 

ベンゾジアゼピン 悪夢のはじまり

 

 

不安を鎮める抗不安薬、睡眠導入剤として使われるベンゾジアゼピン系の薬。

この薬には強い依存性と副作用があるのです。

 

この薬を長期間服用していると、この薬を飲まないと不安や鬱が極度に高まるようになります。夜も眠れなくなります。それは地獄のようです。服用するとその不安などは消え去ります。

 

しかし、長期間服用していると徐々に耐性が生まれて効果が薄まって行きます。なので、飲む量が増えて行き、最終的には処方可能な最大量を飲んでも効果が得られなくなります。効果が得られないと常に強い不安や不眠や鬱を覚えるようになります。

 

不安を軽減する為の薬で不安が高まり苦しむ事になるとは悪い冗談のようです。

 

また、長期服用によってボーっとしたり記憶力が低下するという副作用もあります。

 

この薬の危険性については日本で最近広く認知されつつあります。「ベンゾジアゼピン依存症」というキーワードで調べると分かるでしょう。

 

 

いわゆる「薬物中毒」とその原理は同じ・・・

 

 

ベンゾジアゼピン系の薬はヨーロッパなどでは2週間程度の限定的な処方にとどめられています。しかし、日本では漫然と無期限に処方され続けているのです。

 

ちなみに、非ベンゾジアゼピンと呼ばれる薬である”ゾルピデム”や”ゾピクロン”なども同種の効果と副作用があります。

 

自分もベンゾジアゼピン系や、それに類する非ベンゾジアゼピンの薬に長年苦しめられましたが、現在はなんとか断ち切る事に成功しました。

 

ちなみに、いきなりこの種の薬を全て断薬すると、強烈な鬱や不安感や不眠の症状が出ます。なので、少しづつ服用量を減らしていきました。そうして長期間かけて完全に辞める事が出来ました。その間、慢性的な不眠や不安や鬱の苦しみをじっくり味わいました。

 

私は幸いにも完全に辞める事が出来ましたが、完全断薬まで至れず苦しんでいる人達がネット上には沢山います。。

 

 

抗鬱剤

 

 

そして、抗鬱剤も処方されました。抗鬱剤は様々な種類を試す事になりました。

 

抗鬱剤はSSRI、SNRI、NASSAを試しました。

 

結論をいうとSSRI、SNRIは効果はありませんでした。得たのは辛い副作用だけです。この副作用は常に不快感があるというものでした。この不快感が微妙で、例えるならば気持ち悪いんだけど、吐くほどではないというような不快感が常に続くという感じです。

 

 

しかし、よく考えると、この不快感のお陰で常にイライラする効果は確かにありました。じっとしていると気持ち悪くてイライラするのです。なので気を紛らわすために動かざるを得ない。しかし、それが24時間続くのです。地獄のようです。むしろそれによって苦しむ事になりました。

 

 

SSRIは不快感でイライラし攻撃性が高まるので鬱が軽減?

 

 

実は統計によるとSSRI、SNRIの鬱に対する効果はブラシーボ(思い込み)と同じか、誤差程度の優位さの効果しかないようです。逆に副作用は思い込みのレベルを超えて確かにあるようです。そしてその副作用を私は実感しました。

 

 

NASSAは鬱に対する確かな効果があると統計でも示されており、私もその効果を感じましたが、副作用がとてつもなく大きいものでした。過食、過眠、一日中ボーっとする・・。

 

これでは仕事は勤まりません。毎日18時間程度眠ってしまいます。それでも一日中眠いのです。これは別の意味でまともな日常生活が送れなくなります。

これでは鬱の代わりに何か別の病気になったも同じではないでしょうか?

 

 

統合失調症の薬

 

 

 

私は統合失調症ではありませんが、統合失調症の治療に用いられる薬も処方された事があります。

 

それは病院で感情的になって死にたいなどと言ったためです。

 

(この時の事を今から振り返ると、当時処方されていた大量の向精神薬[ベンゾ系やSSRI]の副作用によるものだったと感じています。特にSSRIの副作用として、衝動性の高まりや自殺の誘発が書かれています。)

 

その事によって自殺する危険性があると判断され、精神科の閉鎖病棟に入院させられる事となりました。そして、その種の薬を飲まされる事になりました。(最初は注射で強制的に)

 

 

それはドーパミン拮抗薬のリスペリドンなど統合失調症の治療に使われる強い鎮静作用のある薬でした。これらを飲むと鉛のように体が重くなり動けなくなります。

 

 

ドーパミン拮抗薬で体が鉛のように・・

 

 

なるほど。これは確かに効果があると納得しました。例えば、暴れて周りの人や自分自身を傷つける人がいるならばこの種の薬で鎮静させる。

 

精神科の薬にも確かに有用な薬があるのだと実感しました。

 

 

 

精神科の薬について思う事

 

 

 

私の今までの実体験や、私が今までに読んだ人々の体験談、書籍やネットの情報を総合して考えるに、おそらく精神科の薬の性質は以下のようなものだと思います。

 

暴れる人などを鎮静させる目的で用いる鎮静効果のある薬や、統合失調症の症状を抑える目的の薬は有用だが、鬱、不安、不眠の治療に用いる薬は害の方が大きい。

 

それは多くの人々の体験談や統計データで実証されているのでは?

 

 

抗鬱剤の定番薬であるSSRIはプラシーボほどの効果しかないが、数限りない副作用があり、その他の薬も大量の副作用・・・。これらの薬の副作用の多さを見ると文字通り毒薬としか思えない。

 

 

抗鬱剤、抗不安剤、睡眠薬の真の姿?

 

 

しかし、ネットではそれらの抗鬱剤や抗不安剤や睡眠薬など大量の精神科の薬を処方(多剤大量処方)され続けている人々が沢山いる。それはSNS等を見ればわかります。それら向精神薬を大量に人々は日々飲んでいるようです。

 

(ちなみに、大量処方される精神科の薬の副作用を軽減する為の薬が処方される事もあるらしい。その副作用を軽減する為の薬に副作用はないのだろうか?)

 

 

精神科の薬を多剤大量処方をされている人々は多くの場合、様々な苦しみを抱えているようだが、それは日々飲んでいるその大量の薬に原因があるのでは?とすら思います。薬が病を作っているのでは?

もし自分がベンゾ依存になってSSRIの副作用に苦しみながら、しかもドーパミン拮抗薬などの鎮静系の薬で体が動けなくなれば毎日地獄だろうと思う。死んだ方がマシだと思うだろう。だから更に精神科に行くわけだが・・・。底なし沼スキームである。

 

 

大量の向精神薬を飲み続ける事は底の無い穴に落ちて行くよう・・・

 

 

何故、大量の精神科の薬を漫然と処方し続ける医師が日本にはいるのでしょうか?

 

そのように複数の種類の向精神薬を大量に服薬する事で治療効果が生まれるという科学的なエビデンスでもあるのでしょうか?(そもそも鬱がセロトニン不足から来るとされる事にしても「仮説」[セロトニン仮説]に過ぎないのでは?)

 

 

実は薬物中毒の「常連患者」を作り出してお金儲けがしたいだけでは?

 

 

 

精神科の薬は悪魔の薬?

 

 

 

ここで話は少し変わりますが、私はある時、職場のブラジル人に誘われて彼らが通う教会に通っていた事があります。そこでは、牧師の説教や祈りなどの宗教的な行事だけでなく、祭りや食事会などが行われていました。

 

そこでは人々はポルトガル語で話していました。日本人は私だけ。彼らは日系ブラジル人や出稼ぎ労働者(外国人技能実習生?)や本国から派遣されてきた宣教師やそのスタッフの人々でした。

 

 

それは私にとって初めての異文化体験で同時に「共同体」というものに初めて出会った時でした。人々が一緒に祈ったり、歌ったり、聖書を勉強したり、食事を提供しあう・・。こんな空間が実際にあるのだと思って感動しました。

 

 

しかし、自分は結局日本人であり部外者です。ポルトガル語もほとんどわからなかった。そこは私の居場所ではなかった。でも人々は拒絶するでも無く私がそこに参加する事を許してくれたのです。

 

 

そこの若いシスターが私が精神科に通っている事を知ってこう言いました。

 

 

「精神科の薬は悪魔の薬だから今すぐやめなさい」

 

 

ブラジル人達のコミュニティの中心「教会」

 

 

パスター(牧師)も同種の事を私に言いました。

今でもその言葉は心に残っています。彼らをリスペクトしています。
ちなみに、その教会で洗礼も授けて貰いました。

 

でも、私は精神科の薬が「悪魔の薬」などとは思いません。ただの化学物質です。それがもたらす影響が有益なら使えば良いが、有害なら使わなければ良いのです。

 

 

精神科の薬は私にとって有害でした。だから使わない。それだけの事なのです。

 

 

 

私が出会った一番の名医?

 

 

 

精神科に通い続けていた頃、担当の精神科医が何人も変わりましたが、どの医師も1-2分程度の会話をして大量の薬を処方するだけでした。(私自身も特に話したい事はありませんでしたが・・。)

 

そしてある時、凄い精神科医に出会う事になりました。

 

 

患者である私に暴言を吐きまくるのです。患者の私に向かって吐き捨てるように「お前はアホじゃねーの」だの何だの・・・荒い口調で無茶苦茶な事を言ってくるのです。

 

こちらは挨拶して診察室の椅子に座っただけなのですが。。これは驚きました。

 

 

恐らくこの精神科医は私のカルテを読み、私を見て、私が気が弱い事などを察し「こいつは何言っても文句言わねーだろ」と思ったのだと思います。この精神科医は私を頭ごなしに馬鹿にするような感じで半笑いでアホだの何だの私に言い続けるのです。

 

 

恫喝してくる精神科医

 

 

驚いたし、とても悔しかった。しかし、私は耐えるしかありませんでした。何故なら当時は精神科医が私には必要だったのです。診断書の作成を依頼していたのです。診断書は鬱で会社を休職するためなどに必要なのです。転院するには更に時間と手続きが必要になります。だから、その精神科医に頼るしかなかったのです。

 

 

診断書の作成を依頼されたらそれを作成する事が医師の義務なのですが、正当とされうる理由があれば精神科医はその依頼を却下する事も出来るのです。

 

なので、私は診断書を作成するか否かという事をその医師に人質に取られた挙句、お前はアホだのなんだのとマウンティングされまくるという状況に陥ったのです。。。

 

 

こんなのと付き合ってられるかと思い、診断書を得た後は、その医師と完全に縁を切るために別の街の病院への転院の手続きを取り、転院後は予約を踏み倒し、精神科に通う事自体を止めました。

 

 

精神科から卒業させたという意味ではこの人は私にとって一番の名医だったのかもしれません。

 

 

でも、今でもこの精神科医の事を思い出すと腹が立って仕方がないです。
録音を公開して医師免許を剝奪してやろうかとさえ・・。

 

 

でも当時は幸いにも精神科の薬の断薬に成功しており、薬中毒からは抜け出していました。もし、薬中毒に陥って、薬を処方するか否かという事を人質にとられてしまっていたら・・・生殺与奪の権利を精神科医に握られる事になります。考えると恐ろしい事です。

 

このような事は二度とゴメンです。他人に弱みを握られる事の恐ろしさを知りました。

 

 

 

鬱に対処する為の一つの答え

 

 

 

結果的に精神医療は私を精神科の薬で苦しめ、お金と時間を奪うだけの効果をもたらしました。しかし、私は自分で鬱や不眠を改善する方法を発見しました。

 

それはとても単純です。太陽の光を浴びて運動する事です。

 

私は毎日ジョギングしたりウォーキングをしています。平均一日1万歩程度。たったこれだけで鬱や不眠は改善されています。

 

 

太陽の光を浴びてウォーキング!

 

 

単純すぎて信じられない事です。でもこれは私だけではなくて多くの人が実感する事です。
ただ太陽の光を浴びて軽い運動を続けることで鬱が改善して行く。

まるで、それはメガネが何処にあるのか探していたら頭上に既にあったかのようです。

 

身近すぎて盲点だったようです。

 

 

ただ、運動しすぎたり、太陽の光(紫外線)を浴び過ぎるとこれにも副作用があります。足腰を痛めたり肌荒れするでしょう。

 

太陽の下での運動はどれくらいの運動量を行う事がベストなのか?

それは個人差があるので、実践しながら自分のベストな運動量をそれぞれの人が見つけるしかないのだと思います。

 

 

もちろんこれは万能な方法でもないし、鬱や不眠が劇的に改善する事は無いでしょう。
しかし、沢山の副作用で苦しめられる精神科の薬よりもずっと良い結果をもたらしていると実感しています。

 

 

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