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2019年東南アジア30日間の旅② ベトナム ホーチミン(サイゴン)市 山添博之
2019年11月6日から12月6日までの30日間東南アジアを旅していました。
東南アジア30日間の旅の計画
この30日間の旅では、以下の国々の各都市を訪れました。合計4ヵ国と7都市です。
フィリピン(Philippines)のマニラ(Manila)、
ベトナム(Vietnam)のホーチミン=サイゴン(Ho Chi Minh City = Saigon)、
カンボジア(Cambodia)のプノンペン(Phnom Penh)、シェムリアップ(Siem Reap)
タイ(Thailand)のバンコク(Bangkok)、パタヤ(Pattaya)、アユタヤ(Ayutthaya)
その旅の詳細をレポートした記事を数回に分けて書きます。
今回は第二弾。
ベトナムのホーチミン(サイゴン)市の旅をレポートした記事です。
この記事が何かの参考になれば嬉しく思います。
ホーチミン(サイゴン)市に到着!
フィリピンのマニラからベトナムのホーチミン(サイゴン)市に到着しました。
ベトナムに入国しホーチミン(サイゴン)市に到着。
ベトナムは日本のパスポートなら15日間以内はビザ無し滞在出来ます。入国審査時に出国用航空券を提示し滞在期間証明すれば入国出来ました。👌
ここはマニラと比べるとずっとクリーンな街並み。街は活気がありバイクが多くて運転はアグレッシブ。 pic.twitter.com/lVevLfKRWj
— 山添博之 (@hiroshiyamazoe) November 11, 2019
ベトナムの場合は日本のパスポートで15日間限定でビザなし滞在が可能です。
入国審査時に15日以内に出発する他国への航空券(E-チケット)を提示すれば入国出来ました。
空港からタクシーに乗り、ホテルへ移動しました。
夜中のホーチミン市をタクシーから眺めていました。この街はバイクがとても多く、道路中にバイクがひしめき合っていました。交差点などではバイクがどんどん割り込んできます。
タクシーの運転手は運転中クラクションを鳴らしまくってとてもアグレッシブな運転をしているように見えましたが、かなり強引に割り込まないとバイクが邪魔で進路を変更したり、前に進めないようでした。
自分は気が弱いので、この街での車の運転は無理だと実感しました。笑
ホテルにチェックイン
ホテルに到着。一泊3000円程度の部屋でしたが、とても広々としていて、清潔。エアコンも完備の快適な部屋でした。朝食も付いていました。
ホーチミンで滞在したホテル
街中にひしめく大量のバイク!
ホーチミン市でまず印象的なのがバイクの量。
大量のバイクが街中で絶え間なく走っています。街中はバイクのエンジン音とクラクション音で満ちています。
そして、信号が何色だろうと、歩行者が渡ろうとしている横断歩道だろうと、お構いなしにどんどんバイクが走り抜けていきます。
ホーチミン(サイゴン)市を歩いています。
バイクの量が凄い!三人乗りしてる人も。クラクションとバイクのエンジン音で街は凄い喧騒。
横断歩道を渡る際には覚悟と集中力が必要。信号に関係なくどんどんバイクが流れてきます。色々な意味で衝撃!#引きこもり #一人旅 #サイゴン #ホーチミン pic.twitter.com/jo26oKoMWL
— 山添博之 (@hiroshiyamazoe) November 12, 2019
しかも、道路脇の歩道にすらどんどんバイクが走り抜けていきます!
交差点に近い歩道へは混雑した交差点をショートカットするためにバイクが歩道に進入して歩道を走り抜けていくのです。凄いですね。衝撃的!
しかし、日本においても、明らかに車が来ない横断歩道だと信号を無視して横断する歩行者がいるように、実質的な効率性を重視すれば、ルール違反だとしても歩道を車両が利用しない手はないですよね。
もちろん日本では考えられないですが、別に日本が普遍的なスタンダードという訳ではないし、実質的な交通ルールにおける安全性と効率性のバランスに対する考え方が違うだけなのかもと思いました。
Pro only? ホーチミン市での歩道の横断
前述のように、ホーチミン市では横断歩道であろうとも歩行者を無視してバイクがどんどん走り抜けて行きます。バイクの波は絶える事がありません。
一体どうやって道路の向こう側へ横断するのでしょうか?
ホーチミン市における道路横断方法を紹介した動画がyoutubeにありました。
ホーチミン市の横断歩道の渡り方 Youtubeより
動画の人は迫りくる大量のバイクを涼しい顔してスムーズに的確に避けながら進んでいきます。どうすればこんな風にスムーズに渡れるのでしょうか?難易度高そうです。
動画やサイトで交通ルールを予習し、ホーチミン市の横断歩道の横断に実際にトライしてみました。最初は怖かったですが、2,3回渡ると意外と簡単だという事を発見しました。
街中のバイクは基本的にそんなにスピード出さないし、歩行者を避けてくれます。
流れてくる車両を確認しながら、進むチャンスを見つけながらゆっくりと渡ればOK。
急いで渡るのは禁物。進むチャンスが無ければ、チャンスが生まれるまで横断歩道の途中で待機。バイクは避けてくれます。
ホーチミン市の横断歩道の様子 動画に撮ってみました
ホーチミン市を歩く
そんな大量のバイクで溢れる街、ホーチミン市を歩きました。
ホーチミン市の街を歩いています
統一会堂
統一会堂にやってきました。
統一会堂は冷戦時における西側諸国側(資本主義陣営)の南ベトナムの大統領官邸だった場所です。当時の状態が基本的にそのまま保存されていました。
統一会堂を訪れています。
ここはベトナム戦争時は南ベトナムの大統領官邸でした。応接室や会議室が多数あります。
ここに北ベトナム軍のソ連製の戦車が突入し、ベトナム戦争は終結しました。
官邸の敷地には戦車が残されています。
日本語のオーディオガイドが借りられました。#統一会堂 pic.twitter.com/ct7DtyVczE
— 山添博之 (@hiroshiyamazoe) November 12, 2019
統一会堂の地上階には応接室や会議室が多数あります。映画館などもありました。
そして地下には放送施設や通信施設などがありました。
共産主義陣営側の北ベトナムがホーチミン市を制圧し、北ベトナム軍の戦車がここの敷地に突っ込んだ時、南ベトナムは負けてベトナム戦争は終結しました。
ホーチミン市 統一会堂の様子
統一会堂の地下階に来ました。 地下は迷路のような入り組んだ通路があり、部屋が多数ありました。 この地下は通信設備や放送設備や暗号解読室や作戦会議室などがありました。
また、ここは有事のシェルターとしても利用されていました。
統一会堂の地下施設
ベトナム戦争証跡博物館
ベトナム戦争証跡博物館にやってきました。
この博物館の敷地にはベトナム戦争で使用された当時の兵器などが保管されていました。
ベトナム戦争証跡博物館 敷地内には当時の兵器が展示されています
ベトナム戦争証跡博物館の一階では世界中のベトナム戦争に対する反戦ポスターや反戦活動が紹介されていました。
ベトナム戦争証跡博物館 1Fの展示の様子
日本におけるベトナム戦争に対する反戦活動などを紹介するコーナーもありました。
ベトナム戦争証跡博物館 1Fの展示の様子 日本の反戦ポスター等の紹介コーナー
上階にはベトナム戦争時に使われた兵器や当時の写真などが展示されています。
ベトナム戦争に関する様々な統計データなどもありました。
数々の統計資料からはベトナム戦争がいかに凄まじいものであったのかを知ることが出来ます。
ベトナム戦争は約17年と長期間続きました。そしてベトナムというたった一国対して第二次世界大戦で行われた爆撃の約3倍の爆撃が行われたようです。(1430万トン)
また、ベトナムへの爆撃量は資本主義陣営側の方が圧倒的に多いようです。(戦勝国側の北ベトナムによる宣伝も多少混じってるかもしれませんが)
米軍の爆撃で肉片になった人々の写真なども掲示されていました。
ベトナム戦争証跡博物館 上階の展示の様子
そして、苦しんだのはベトナムだけで無く、この戦争で米軍も約6万人以上が戦死し約30万人が負傷しています。捕虜として拷問受けたりしています。しかし、圧倒的に死亡者が多いのはベトナム側で、約300万人が死亡したとされています。その中でも民間人犠牲者が圧倒的に多く、約200万人のベトナム民間人が死亡したと言われています。
ここには悪名高い枯葉剤も展示されていました。
枯葉剤は除草剤の一種でマラリヤを媒介する蚊などを退治する名目でアメリカ軍によって撒かれましたが、実際は敵勢力である北ベトナムの食糧源である森林を破壊するために散布されました。
そしてこの枯葉剤は単なる除草効果だけではなく、人間に対する強い毒性があり、1970年以降には枯葉剤に汚染された事が原因による皮膚疾患や癌や子供の先天的奇形などの様々な疾病が高い頻度で発生するようになりました。
ここには掲載しませんでしたが、枯葉剤の影響による被害者たちの写真も大量に展示されていました。
Wikiによると、約300万人のベトナム人が枯葉剤にさらされて、子供15万人を含めて約100万人に健康被害が発生したようです。ベトナム帰還兵や当時枯葉剤が保管された基地のあった沖縄においても枯葉剤の影響による健康被害が発生しているようです。
ベトナム戦争証跡博物館 館内の様子
このベトナム戦争証跡博物館では凄まじく悲惨な血生臭い戦争の現実を数々の資料を通して見せつけられました。
日本はもちろん資本主義陣営で米とは同盟国。当時は日本の米軍基地から米軍爆撃機がベトナムへ爆撃に飛び立っていた訳ですから、日本もベトナム戦争に無関係ではないですよね。。平和の尊さを再認識しました。
サイゴン大聖堂
サイゴン大聖堂にやってきました。聖マリア大聖堂とも呼ばれています。フランスの植民地だった1880年に創建されました。
現在は工事中?のようでした。残念ながら訪れた時は門が閉まっており入場は出来ませんでした。
サイゴン大聖堂 工事中(修復中?)のようでした
サイゴンスカイデッキ
ホーチミン市にあるサイゴンスカイデッキに昇ってみました。サイゴンスカイデッキはホーチミン市の高層ビルにある展望所です。ホーチミン市の街を見渡す事ができます。
サイゴンスカイデッキに入ってみました。
ホーチミン市の夜景。綺麗でした。
サイゴンスカイデッキからの展望の様子を動画に撮ってみました。
マーケット
夜のホーチミン市を歩いています。マーケットがあったので見学してみました。様々なものが売られています。
夜のホーチミン(サイゴン)市。
マーケットがありました。#ホーチミン #サイゴン pic.twitter.com/JZIkeWojzY— 山添博之 (@hiroshiyamazoe) November 12, 2019
レストラン
夜のホーチミン市。レストランに入ってみました。
アスパラガスの豚肉ロール焼きとパンとサラダとドリンク。僅か300円位でした。
体調悪化続く・・
マニラで崩した体調。ヤマは乗り切ったと思っていましたが相変わらず体調は悪く、ここで更に悪化..2日間寝込みました。
長引く風邪。昨日から体調が急激に悪化し、咳が止まらない&強烈な喉の痛さ&高熱で2日間寝込んでいます。😷😷😷
ホーチミン郊外のベトナム戦争の史跡のクチトンネルに行く予定でしたが、諦めて部屋で安静にしています。
今回は旅先で体調を崩す厄介さを思い知りました。😅 良い経験です。
— 山添博之 (@hiroshiyamazoe) November 14, 2019
夜中の間、ずっと咳が止まらなくなりました。咳が止まってる状態がわずか3秒と続かずに、延々と常に咳が出続ける状態が続きました。
風邪に加えて何かの病気に罹患したのかと思いました。もしこの状態が続くなら病院に行こうと思っていましたが、2日間寝込んだ後、幸い少しづつ咳は治まり始めます。
そして風邪薬を購入しに行きました。薬局は英語が通用しなかったので、スマホのGoogle翻訳を駆使して何とか風邪薬をゲットしました。
ベトナムの薬局で現地の風邪薬を購入。
薬局の人に症状と薬の必要日数伝えたら処方してくれました。そしてマスクも購入。😷
サイゴンはバイクによる大量の排気ガスと土埃で空気がとても悪いです。現地の人達も半分位はマスクしています。
私はマスク無しだったので喉痛めたのかも。🤔🤔 pic.twitter.com/MpyQDM3RlY
— 山添博之 (@hiroshiyamazoe) November 14, 2019
ちなみに、ホーチミン市は大量のバイクによる大量の排気ガスで空気がとても悪いです。
ひょっとしたらこれが止まらない咳の原因だったのかもと思いました。
この日以降は外出時には必ずマスクを装着するようにしました。
次の目的地カンボジアのプノンペンへ!
ベトナムのホーチミン(サイゴン)市ではまず大量のバイクとその交通状況の凄まじさに圧倒されました。
そして、ベトナム戦争の舞台となった統一会堂(南ベトナムの旧大統領官邸)やベトナム戦争証跡博物館を巡り、悲惨な血生臭い戦争の現実を垣間見ました。特に枯葉剤の被害者やその子供たち写真は強烈に印象的でした。また、ベトナム戦争証跡博物館では枯葉剤の被害者の方が職員として働いていたのも印象的でした。
そして夜のホーチミン市では、サイゴンスカイデッキから夜景を見、マーケットを散策し、ローカルレストランで夕食を楽しみました。
しかし、その翌朝、咳が止まらなくなり、体調が急激に悪化。。
ベトナム戦争の史跡などを色々巡ってこようと思っていましたが、断念し2日間寝込むことになりました。
体調を崩してしまったホーチミン市の旅ですが、一応それなりに市内の様々な場所を巡る事が出来ました。
そして、次の目的地であるカンボジアのプノンペンへ向かう為に、ホテルからタクシーに乗り、空港に移動しました。
空港に到着しました。昼食食べています。😊
これからカンボジアのプノンペンに飛びます。✈️
カンボジアは現地の通貨リエルに加えて米ドルが全土で使えるようです。#ホーチミン #サイゴン #ベトナム #引きこもり #一人旅 pic.twitter.com/K7RnROFcS8
— 山添博之 (@hiroshiyamazoe) November 15, 2019
ちなみにカンボジアには独自通貨の「リエル」がありますが、米ドルも全土で使えます。
私は基本的に現地のATMを使って日本円が入金してあるVISAブランドのデビットカードから現地で利用できるお金に交換しています。ほぼ全ての国で利用できる通貨交換方法です。(ただロシアはカードのブランドによっては使えなくなる事も。)
カードブランドやATMにより多少異なりますが、大抵の銀行や交換所よりは手数料などが安くつきます。交換レートも比較的良いです。
そうして空港で昼食を食べた後、飛行機でカンボジアのプノンペンに移動しました。
途中で体調を崩してしまったホーチミン市の旅でしたが、次の目的地であるプノンペンで体調が一気に回復する事になります。
東南アジア30日間の旅の第二弾の記事であるベトナムのホーチミン(サイゴン)市の旅のレポートはこれで終了です。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
最後に紹介しきれなかったベトナムのホーチミン(サイゴン)市の旅の写真をギャラリーにしてみました。
東南アジア30日間の旅はまだまだ続きます。
次はカンボジアのプノンペンのレポートです↓